紙が泣く

お手伝いさんが、不用の紙を無造作に屑籠に捨てているのを見て、主の老人は、彼女を自室に招じ入れ、黙って、彼が使っているメモ用紙を見せた。
それは、新聞の折り込み広告を利用したものであった。「私は紙屋だ。けちなことをする、と人はいうかも知れないが、二度でも三度でも、使えるだけ使ってやらないと、紙が泣くような気がします。どうか、大切に最後まで使ってあげてください」
彼女はいつまでもこのことが忘れられない、と私に話してくれた。
 
このご主人とは、王子製紙の藤原銀次郎翁のことである。
紙の一枚や二枚、まして紙屋の人が、とは浅はかなことで、紙屋だからこそ、他の人よりも、一枚の紙がいとおしく思えるのであろう。

悉有佛性とは、どんなものにも尊い佛の種が宿っている。決して粗末に扱ってはならない。と教えるものでもある。
一枚の紙にも、佛は宿っている。一枚を大切に扱う心があったればこそ、大きな紙屋の主人にもなれたのであろう。
一枚の紙さえ粗末にしない人は、仕事も粗末にしないだろうし、周りの人々をも大切にするだろう。
まして、泣かせるようなことは決してしない筈だ