だれにみしょとて
  教育熱心なことは結構だが、小言が多く、子供からはママゴンとおそれられている母親も、他人の子にはとても愛想が良い。物分かりの良い母親だと、子供の友人たちからは人気がある。
紅茶をこぼして恐縮がる子にも、「いいのよ、気にしないで」とやさしい。自分の子がしようものなら、「中学生にもなって」と、口やかましく叱る。そうした一言にごとに、子供の心は少しずつ母親から離れてゆく。「どうして」とたずねると、
「よそのお子さんですもの」と答えた。

よその子よりも自分の子のほうが大切なはずだ。よその子からは、ほめられなくとも、自分の子からこそ、よい母親だと思われなければなるまい。よその子には寛大なところを見せ、心を配っているのに、自分の子には、その気持ちも考えず無思慮な言動をもって当たる。それは逆でしょう。と話したら、母親は「気がつかなかった」とうなだれていた。
世の中で一番大切なのは家族であるのに、家族だという気安さから、相手の心を汲み取ろうとせず、軽々しい言動をする。
よその人には格好良く見せようと心がけているのに、家族にはむき出しの感情をぶつける。
誰の為に紅鉄ね(女性の化粧のこと)はつけるのだろうか。
親しい仲であればある程、お互いの心を大切にし、幼い子に対しても、その心を尊ぶ思いやりが、食卓を囲むなにげない会話の中にも、しっとりと潜んでいなければなるまい。